アジアだけじゃない!「米の起源」アフリカで独自進化したもうひとつの稲
「米の起源はアジア」多くの人がそう思い浮かべるのではないでしょうか。
実際、日本や中国、東南アジアの稲作文化はよく知られています。
稲作は文明の発展と深く結びつき、人口の増加や社会構造の形成に大きな影響を与えてきました。
しかし、世界の稲作の歴史をたどると、アジアとは別に、アフリカで独自に進化した、もうひとつの米が存在していました。
米はひとつの起源から広がった作物ではなく、地域ごとに異なる歴史を持っています。
そこには、それぞれの土地の自然環境や人々の暮らしが色濃く反映されています。
独自進化したもうひとつの稲について詳しく見ていきましょう。
私たちがよく知る「アジアの米」の起源

現在、世界で食べられている米の大半はアジア稲と呼ばれる系統です。
学術的にはOryza sativa(オリザ・サティバ)と分類され、中国南部から東南アジアにかけての地域で栽培化されたと考えられています。
アジア稲は、人の手による品種改良によって、粒の大きさや粘り、収量などが大きく向上してきました。
香りや食味の多様化が進み、各地で独自のブランド米が生まれています。
水田稲作との相性が良く、灌漑技術の発展とともに各地へ広がっていきます。
交易や移住によって世界各地へ広まったアジア稲は、今や地球規模で栽培される作物となりました。
日本の稲作文化もこれを基盤に発展してきたため、「米=アジアの作物」というイメージが定着したのは、ある意味で必然だったといえるでしょう。
アフリカで独自に栽培化された「アフリカ稲」
一方で、西アフリカを中心とする地域では、アジア稲とは別の米が育てられてきました。
それがアフリカ稲Oryza glaberrima(オリザ・グラベリマ)です。
アフリカ稲は、ニジェール川流域などで、数千年前に独自に栽培化されたとされています。
アジアから伝わったものではなく、現地の野生稲をもとに、人々が長い時間をかけて育て上げた作物です。
乾燥や病害に強く、洪水や不安定な気候に耐えやすいという特徴があり、西アフリカの自然環境に適していました。
収量はアジア稲に比べて少ないものの、厳しい条件で育つため、地域の人々の食生活を長く支えています。
2つの米を比べると見えてくる違い
アジア稲とアフリカ稲は、同じ米でありながら、性質や役割が異なります。
| 項目 | アジア稲 | アフリカ稲 |
|---|---|---|
| 学名 | Oryza sativa | Oryza glaberrima |
| 起源 | 東アジア・東南アジア | 西アフリカ |
| 収量 | 高い | 低め |
| 環境耐性 | 水田向き | 乾燥、病害に強い |
| 栽培の歴史 | 世界的に拡大 | 地域密着型 |
この違いから、アフリカ稲は大量生産向きではないものの、環境への適応力という点で高く評価されています。
気候変動が進むなかで、極端な乾燥や病害に耐える性質は、将来の食料生産を考えるうえで大きな意味を持つといえるでしょう。
「もうひとつの米」が教えてくれる農業の多様性
アフリカ稲の存在は、農業が一方向に進化してきたものではないことを示しています。
人類はそれぞれの土地の自然条件に向き合い、独自の方法で作物を育ててきました。
米もまた、その土地ごとの知恵の結晶です。
近年、食料問題や気候変動が注目される中で、アフリカ稲とアジア稲との交配による品種が開発され、水稲60種、陸稲18種が登録されています。
日本では、国際農林水産業研究センター(JIRCAS)や国際協力機構(JICA)が、研究者や専門家を派遣し、新しい稲の品種開発と普及を支援してきました。
米の起源はアジアだけではありません。
アフリカで独自に稲が育てられ、その歴史は農業の多様性を物語っています。
米は単なる主食ではなく、人類と自然の関係を映す存在なのかもしれません。
