ブータンとお米のちょっといい関係
ヒマラヤ山脈のふもとに位置するブータンは、「幸せの国」として知られています。
その暮らしを支えているもののひとつが、お米です。
険しい山岳地帯が多い国でありながら、ブータンでは古くから稲作が行われ、人々の食文化や暮らしに深く根付いてきました。
また、日本との農業協力の歴史の中で、お米は重要な役割を果たしています。
この記事では、ブータンとお米の関係を、食文化、農業、日本とのつながりという視点から見ていきます。
ブータンではお米が主役

ブータンでは、お米が主食として毎日の食卓に並びます。
特に有名なのが「赤米(レッドライス)」です。
赤米は玄米に近い色合いで、香ばしさともちっとした食感が特徴です。
標高の高い地域で栽培できる品種であり、ブータンの自然環境に適応してきました。
ブータン料理は唐辛子を多用することで知られていますが、その辛さを支えるのがお米です。
代表的な家庭料理のエマ・ダツィは、唐辛子とチーズを煮込んだ料理で、赤米と一緒に食べるのが一般的です。
1日3食エマ・ダツィという人も少なくありません。
多くの家庭で白米ではなく赤米が食べられており、乳製品や野菜とともに食生活を支えています。
| 種類 | 特徴 | 主な食べられ方 |
|---|---|---|
| 赤米 | 茶色がかった色で香ばしく栄養豊富 | 毎日の主食として定番 |
| 白米 | 精米されたやわらかいお米 | 都市部で人気が増加 |
| もち米 | 粘りが強い | 行事や伝統料理 |
山の国ならではの稲作の苦労
ブータンの国土の大半は山岳地帯です。
平地が少ないため、棚田を利用した小規模農業が中心で、一戸あたりの農地が狭いのが特徴です。
農業は現在でも重要な産業ですが、山が多い地形の影響で機械化が進みにくく、生産性向上が課題となっています。
さらに、若者の都市流出による人手不足が深刻です。
また、ブータンのコメ自給率は50%前後にとどまっており、背景には地形的な制約や灌漑設備の不足があります。
南部地域では洪水による被害が多く、安定した水の供給体制づくりが求められてきました。
日本の支援によって、こうしたインフラ整備が進められています。
日本とブータンをつないだ「お米の縁」
ブータンと日本の関係を語るうえで欠かせない人物が、農業専門家の西岡京治氏です。
1960年代、日本からブータンへ派遣された西岡氏は、1992年に現地で亡くなるまでの28年間、農業技術の指導を行い、野菜や米の栽培改善に尽力しました。
当時のブータンでは、近代的な農業技術が十分に普及しておらず、西岡氏は現地の人々とともに試験栽培を行い、品種改良や農業指導を続けました。
その功績は非常に大きく、後にブータン国王から最高の爵位「ダショー」を授与されています。
現在でもブータンの米づくりを支援しています。
2022年には、トラクターなど400台の農業機械が供与され、農家の負担軽減や生産性向上につながっています。
お米を通じた協力は、単なる農業支援ではなく、人と人との信頼関係を築く役割を果たしてきました。
お米が支えるブータンの未来
近年のブータンでは、都市化や食生活の変化により輸入米への依存が増えています。
一方で、伝統的な赤米や地域農業を守ろうとする動きは続いています。
ブータン政府は、食料自給率の向上を重要な政策課題として掲げ、灌漑設備の整備や農業機械化、人材育成を進めています。
こうした課題は、日本の農業と重なる部分です。
日本でも農家の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加が問題となっており、地方の稲作をどう守るかが大きなテーマになっています。
山が多く小規模農業が中心である点も、ブータンと共通しています。
お米は単なる食料ではありません。
ブータンでは、人々の暮らしや文化、日本との交流をつなぐ存在といえます。
ブータンと日本は、それぞれ異なる環境にありながら、お米を未来へ残すという共通の課題に向き合っているのです。
